コービーの訃報NBAのスーパースターコービーブライアントさんを悼んで | fundreambox  

コービーの訃報NBAのスーパースターコービーブライアントさんを悼んで

今朝、突然の訃報が舞い込んできました。

アメリカプロバスケットボールリーグ(NBA)の元選手でスーパースターだったコービーブライアント選手がヘリの墜落事故で死亡したとのこと。

信じられないぐらいショックを受けたとともに当時のコービーのスーパープレイが記憶が蘇って来ましたので、故人を偲んで記事にしてみました。

コービーブライアント選手の来歴

Kobe Bean Bryant

  • 1978/8/23 生まれ
  • ペンシルバニア州フィラデルフィア出身
  • 元NBAバスケットボール選手
  • ポジションはシューティングガード
  • 身長198cm 体重93kg

チームはロサンゼルス・レイカーズ一筋。チームを5回も優勝に導いている。

特典の確実性から付けられたニックネームはブラックマンバ(マンバとは毒蛇の意味)

驚異の新人として、その時NBAの大スターマイケル・ジョーダンのライバルとして名を上げる。

コービーが作った伝説のプレイ

1試合で81得点!

2006.1.22 コービーはホームゲームのラプターズ戦で、1試合81得点を獲得。

これはNBA歴代2位の記録。(1位は大昔の記録、近代バスケでは圧倒的)

NBA通算得点3位

レギュラーシーズンで通算33,643得点を挙げNBA歴代第3位。プレーオフでも通算5,640得点を挙げNBA歴代第3位

マイケル・ジョーダンよりも得点している。

USA代表在籍期間は無敗

コービーがアメリカ代表として出場した国際試合は無敗(31勝0敗)

引退試合でシーズン最多得点記録の60点!

しかも、10点差をつけられた残り2分30秒から一人で13連続得点して逆転勝利。

本当に引退するの?この人と思ったのが懐かしい。

コービーの人柄とその精神

才能だけではなく徹底した努力の人。

一日の練習時間でシュートを700~1000本打ち、徹底した自己管理で20年間現役で居続けた。

テクニック面でも研究を怠らず、ジョーダンの動きや技を自分の中に取り込み昇華した。

30歳頃から一切甘いものやジャンクフードを取らなくし、赤身肉、魚、野菜などしか食べなかったと言われています。

精神面は卓越した勝負強さに現れています。ゾーンと言われるスイッチが入った状態ではどんな体勢からもシュートを決めてきます。

相手プレイヤーとの接触で右膝を負傷したにもかかわらず、誰の手も借りずにフリースローを行い、2本とも決めるなどなど、逸話ばかり。

名前の由来は神戸牛?

日本にもちょっと縁があったりします。彼の名前の由来です。

コービー(Kobe)←神戸←神戸牛から来ているとされていて、

彼の両親が日本に来て神戸牛を食べて、あまりの美味しさに感動して付けた名前だそうです。

こんな話からすごく親近感を持って、彼を応援できました。

愛し愛されたコービー

彼はレイカーズ一筋で20年間在籍して、一度も他チームにはいりませんでした。

自分にはパープルとゴールドの血が流れていると言っていましたね。紫を金はレイカーズカラー。

それに答えるように、レイカーズは彼の背番号である「8」と「24」を永久欠番に。

ロサンゼルス市は8月24日を「コービーブライアントの日」に制定しています。

また、後進のNBA選手にも多大な影響を与えていて、彼のプロ精神やひたむきさは彼らの指標となっている。

最後に

間違いなくコービーはマイケル・ジョーダンに続くバスケの神様だ。亡くなってしまったのは本当に残念です。

最後に華麗なプレイと当時の思い出を蘇らせてくれたことに感謝しつつ、冥福をお祈りします。


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